皆さんこんにちは。東大セミナーの北川です。
今月のテーマは「『数学ガール』を読んで数学の魅力に気付いてほしい」です。最後までお付き合いいただけますと幸いです。
著者:結城 浩
出版社: SBクリエイティブ
価格(税込):1980円
目次
2.『数学ガール』の魅力1-数学が分からなくても「楽しめる」
3.『数学ガール』の魅力2-数学が苦手なキャラの視点が優れている
突然ですが、皆さんは数学が好きでしょうか?
好きだよ! と答える人も多いことと思いますが、苦手だよ!と答える生徒もまた多いことと存じます。河合塾さんのデータ[1]によると、(一部コースの中のデータで、高校生のものとはいえ)、文理に関係なく数学が苦手だという生徒は多いようです。また、Benesseさんのデータ[2]や学研さんのデータ[3]でも、(数学が得意な生徒の多さもまた分かりますが)数学が苦手な生徒の多さが伺えます。
ところで、世の中には多数の数学題材の小説があります。ニッチそうなテーマの割には、意外にも多いものです。古くにはルディ・ラッカーの『ホワイト・ライト』が連続体仮説を主題に展開していきますし、アポストロス・ドキアディスの『ペトロス伯父と「ゴールドバッハの予想」』も、現在では中古でしか入手できませんが、生々しさを感じられて面白い作品です。
近年の名著だと、青柳碧人先生の『浜村渚の計算ノート』シリーズや、向井湘吾先生の『お任せ! 数学屋さん』シリーズなどが、小~高校生向けに数学の面白さを説いてくれています(かく言う私も浜村渚シリーズは中学生の時分にしっかり読んだ気がします)。
そんな中でも、『数学ガール』シリーズのお勧め度合いは、上記の本たちに勝るとも劣りません。それこそ、数学が苦手な子どもたちへの、一つの光明となってくれると思っています。そういうわけで、今回はこの『数学ガール』の魅力に関してお話しできればと思います。
数学が苦手だけど、好きになりたいという気持ちがある人。
授業でやる数学の意味が分からないという人。
そういう人にこそお勧めの一冊です。是非最後までお付き合いください。
[1] 先輩に聞いた、苦手科目克服法 | コース・講習 | 大学受験の予備校・塾 河合塾
[2]【みんなヤバい】ニガテ科目ランキングTOP5!高校生がリアルを激白&意外すぎる克服法とは…?【なんとかなる】|ミライ科|進研ゼミ高校講座
まず初めにことわっておきますと、数学ガールは数学を題材とした小説の中でも、比較的数式が多い方の作品です。とにかく多いです。
ですが、数式の意味を理解しようとして読む必要はありません。少なくとも最初に読む段階では、書いてあることの意味が分からなくても全く問題ありません。現に、作者も巻頭でこのように言及しています。
(前略)
登場人物たちの考える道筋は、言葉や図で示されることもありますが、数式を使って語られることもあります。
もしも、数式の意味がよくわからないときには、数式はながめるだけにして、まずは物語を追ってください[4]。
(後略)
数式を眺めるだけでいい、というのはとても面白い注意書きですよね!
いやいや、眺めるだけで中身が分かるのか? と思うかもしれませんが、これが分かるんです。『数学ガール』が物語だからです。数式やその解説、補足、証明だけが羅列された専門書ではなく、あくまで登場人物どうしの対話によって進む小説であることで、読み手は「お話の中で何が起きているか」を理解することができるのです。
もちろん、数式を眺めるだけでは「どういう過程を経てその結論に至ったのか」を仔細に理解することはできません。ですが、「登場人物たちが何をしようとしているのか」「どんな意図でその数式が必要とされているのか」は、物語の流れに乗ることである程度分かります[5]。
ですから、数学なんてこれっぽっちも理解できねえ! という人であっても、『数学ガール』を手に取る意味は十二分にあります。数式は出ますが、その意味が分からなくても、物語の流れに乗ることで数学の面白さに触れることができるのですから!
[5] 余談ですが、少し前、NHKで『笑わない数学』という番組が放送されていました。アレも、小難しい数式を完璧に理解できなくても「その分野の何が面白いのか」が分かるという秀逸な構成で、非常に面白かったと記憶しています。
さて、この章からは少し内容に触れた話をします。やはりそのものの魅力を説明するためには、話の中身に多少は触れざるを得ません。最小限にはとどめますが、少しもネタバレされたくない! という人はここでブラウザバックして、実際に本を手に取ってみることを推奨します。
いいですか? 始めますよ?
数学を題材とした小説には、時折数学が苦手なキャラクターが出てきます。よくあるのは主人公が数学嫌いだが、数学が得意な登場人物に触れて少しずつ変わっていく……というパターンです。
では『数学ガール』に数学が苦手なキャラクターはいないのかというと、もちろんいます。主人公の後輩である「テトラちゃん」がそれに当たります[6]。
そして、数式マシマシの物語に彼女が出てくるということは、彼女もまた否応なしに数式と対面するわけです。当然、最初は彼女も数式に抵抗感を示しています。まさに、この本を読み進めていく「あなた自身」と、目線が似ているとは思いませんか。
そして想像できる通り、彼女は作中で幾つも数学的なミスをします。そのミスは、恐らくあなたが授業中によくする/したミスと似ているのではないかと思います。架空のお話なのに、妙にリアリティがあるミスをするのです。
そういうわけで、数学が苦手な読者でも、テトラちゃんの目線を借りるとかなり読みやすいのではないかと思います。間違いを修正する過程、間違いに気づく過程まで含めてとても学びになるのです。
さらに加えていうなら、彼女は数学に対して苦手意識を持っていますが、「数学なんて見たくもない!」という立場のキャラクターではありません。むしろ、割と最初の方から「苦手だけど、どうにかして分かりたい」という意識を持った立ち位置で、数学に臨みます。
ですから、テトラちゃんはミスしてもしっかり着実に進んでいきます。その歩みは一見遅々としているようで、誤魔化さない理解をすることへの大切さを教えてくれます。
巻を進むごとに、もはやこだわりと言ってもいいくらい「理解すること」への情熱を燃やすテトラちゃんを見て、数学への理解を深めるのもまた面白いでしょう。
[6] あくまでも最初の頃は、という話ですが。
この本の魅力の1つ、それは構成の妙だと考えます。
原点にして、ある意味完成されているとも言えるシリーズ最初の巻を例にとって話をします。例によって少し構成のネタバレがあります。少しもネタバレされたくない! という人はここでブラウザバックして、実際に本を手に取ってみることを推奨します。
いいですか? 始めますよ?
第1巻では、実に様々なテーマが扱われます。
フィボナッチ数列、カタラン数、不等式評価、バーゼル問題、そして分割数。細かいテーマ別に分けるともう少しありますが、中ボス~大ボス的な立ち位置のものはざっくりこれらだろうと思います。
そしてこれのすごいところは、何の関係もないように見えるこれらの事実達が、すべて結びついているということです。以前の章で展開された数学的事実を使って、後ろの方の章の、一見どう挑めばいいのか分からない問題たちを解く重要な手掛かりになるのです。
そして、9章までのすべての手がかりを以って、ある意味突然現れたように見える10章の「分割数」を攻略するのです。ある意味では、これはとても推理小説的であると言えるでしょう。
ここまでに明かされた謎の答えは、実は一見繋がりがないように思える別の謎を解くための、とても重大なヒントになっていたのだ! というわけです。
実は、数学では往々にしてこういうことが起こります。
初等的[7]な例を挙げると、図形の問題を方程式の世界に持ち込んで解いたり、整数の問題を組み合わせの世界に持ち込んで解いたり、という感じです。そういう数学の「風景」を楽しんでもらう意味でも、この本はとてもお勧めです。
[7] 簡単という意味ではありません。
以上、私が思う『数学ガール』の魅力を挙げさせていただきました。
このシリーズで扱っている数学のテーマは、非常に難しいものが多いです[8]。なかなか気軽に、布団に寝っ転がりながら理解しようと試みても、そうすんなりとはいかないでしょう[9]。
ですが、もしあなたが「数学は苦手だけど、何とかしたい!」という気持ちを持っているなら、少なくともこの本を開く価値はあるのではないかと思います。自分の中の数学への気持ちを変えたい、という人にお勧めの一冊です。
最後に、『数学ガール』著者の結城浩先生に深く感謝申し上げて、この記事を締めさせていただきます。
お読みいただきありがとうございました。
また次回の『WHITE BORAD』でお会いいたしましょう。
[8] 高校生向けの『数学ガールの秘密ノート』というシリーズも出ています。こちらは比較的扱っているテーマは簡単めですが、歯ごたえはしっかりあります。
[9] 物語部分を読むだけであれば、それでも十分楽しめます。
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