皆さんこんにちは。東大セミナーの篠原です。今月おススメする漫画は、2017年から講談社の月刊誌「アフタヌーン」で連載中の “ブルーピリオド”です。
頭が良くて美術を学びたいなら東京藝術大学だけではなく、筑波大学芸術専門学群も視野に入れて良かったのでは
※本記事内には、情報の一部としてストーリーの核心部分が記述されています。
著者:山口 つばさ
出版社: 講談社
価格(税込):748円
「ブルーピリオド」は、世渡り上手な努力型ヤンキーの主人公 矢口八虎(やぐちやとら)が絵を描く悦びに目覚め東京藝術大学を受験する物語です。
主人公が絵を描くことに目覚め、自分の進路やアートに対して苦悩する姿はまさに芸術版「スポ魂漫画」。将来の進路に悩んでいる人、美大受験を考えていて受験生生活や学生生活を知りたい人におすすめの漫画です。
私自身美術大学の受験を経験し学生生活を送っていたこともあり、考えさせられることが多い漫画でした。本記事では、私の経験も交えてブルーピリオドの面白さをご紹介いたします。
主人公が美大受験予備校で、悔し涙を流しながら絵を描くシーンがあります。「俺の絵で全員殺す。そのためなら何でもする。」は、そういった主人公の心情を表した台詞です。普通に考えれば絵を描いて人が死ぬ訳ありませんし、自分が絵を描いて周りの人全員死んだらとんでもないことですよね。
しかし、実際美大受験をした私としては、大変共感できる言葉でした。都市部の美大受験予備校では、同じような美大志望者が一つの部屋に集まって課題に取り組むことが多いです。自分が受ける大学の学部の倍率が5倍~10倍ぐらいあるとすると、同じ部屋に居る予備校の30人より良い絵が描けなかったら「合格できないかも」と思いませんか?なので予備校で絵を描く時に「俺の絵で全員殺す(周りをあっと言わせてやる!)」と思う気持ちはとてもよくわかります。
因みに、私は田舎の小さな美大受験予備校で絵を描いていたので、予備校内の油画科の生徒は私ともう一人しか居ませんでした。この漫画の主人公と違い、あまりにも周りに人が居ないので「俺の絵で全員殺す」と真剣に思ったのは入試の日だけだったように思います。
美大芸大に対するイメージとして、大抵の人は卒業後の進路が気になるところではないでしょうか。(実際、美大を卒業したと言う人が何故学習塾のブログ記事を執筆しているのか疑問に思われる方も居ることでしょう。)
作中にも大学の教授に絵を講評されるシーンで「そんなんじゃ何者にもなれないよ?」と、学生が教授から厳しく詰め寄られるシーンがあります。やはり日本の美術の最高学府である東京藝術大学の教授ともなると、「藝大に来たからには世の中に評価される作家になれ。でなければ負け犬だ。」というスタンスなのでしょう。しかし、作中の学生はひるまずこう言い返します。
「何者かになる権利はあっても義務はない…と思います…」
私たちは、「美大=将来作家やデザイナーになる人が行くところ?」とか、「東大生=頭が良いに違いない!」とか、少なからず偏見を持って他人のことを見ています。「美大に入ったのに、作家になる選択肢を捨てて良いのか…」「美大を卒業したのにサラリーマンなんて…」などなど、なんとなく「美大を卒業した者はこうあるべき」像ができていませんか?本当は自分の在り様は自分で自由に決めて良いのに、です。
本書の主人公は「ヤンキーっぽい風体だけれども、根は真面目で勉強もそつなくこなす、成績優秀な高校生」という設定です。達観して世の中を見ていたけれども、美術に目覚め東京藝術大学の油画科を目指すことになります。
漫画の中では「藝大は日本で唯一の国立の美大だから、私立の美大に比べて学費も安い。」と言われ、学費の安さが主人公が東京藝術大学を志望する理由の一つとなっています。しかし私は、「学費が安い」という観点だけで美術を学ぶ環境を選ぶのであれば、東京藝術大学の他にも色々な大学を検討しても良いのではないかと思いました。
例えば、国立の筑波大学(芸術専門学群)や地方の公立の美大であれば、藝大の授業料と大きくは変わりません。(ただし、主人公は都内在住なので、都内以外の大学に通うとなると下宿が必要になるでしょう。金銭的に下宿が難しい場合は東京藝術大学一択となります。)また、大抵の美大油画科の2次試験は油彩画やデッサンなどの実技試験のみが課されるのに対して、筑波大学芸術専門学群の2次試験(前期日程)は論述問題を選択することができます。この出題形式は、頭が良い主人公にとって大きなアドバンテージと言えないでしょうか。
もしも私が主人公の立場であれば、第3希望に「筑波大学(芸術専門学群)」と書いてしまうでしょう。ただ、筑波大学も視野に入れてしまう優柔不断な主人公だと話が成立しないので致し方ないとも思います。短期間で志望校を東京藝術大学一択に絞れた主人公はすごい人だと思います。日本で一番倍率の高い大学を志すには、思い切りの良さも大切なのですね。
多くの方は「美術」に対して「正直意味わからない」というイメージを持っているのではないでしょうか。なんで壁にかかっているただの絵が数百億もするのか。「芸術は爆発だ!」という岡本太郎さんの言葉が有名だけど、「“芸術が爆発”って何・・・?」と思いませんか。
作中で、美術は「文字じゃない言語」と言われています。文字じゃない手段で表現できることが美術の強みではあるのですが、それ故に美術的な価値や考え方を誰もがわかるように説明される機会が少ないという弱みもあります。
そして、東京藝術大学油画科の合格作品をご覧ください。令和3年度の2次試験の素描は、太宰治「人間失格」から抜粋された文章が提示され、それを「受験者自身で解釈し、描きなさい」という問題でした。普通の大学の入試問題であれば、「こういう問題が出された時は、こう答える」などと、問題に対する「答え」が予め用意されているものですが、東京藝術大学の油画科の入試は自分自身で答えを決める必要があります。その答えをどうやって決めるかは受験生自身の哲学や発想力、判断力に委ねられているのです。出題者も絵を描く技術だけではなく、受験生がどんな考えを持って絵を描いたのかを見ているのだと思います。
つまり、東京藝術大学の油画科の入試においては、ただ単に絵が上手く描けるということだけでは受からない(だろう)ということです。このように、どうしても美大受験予備校の人は抽象的なワードから逃れることはできません。「下手くそ!小学生の描く絵みたいだな!」と技術的なことについて指導されるばかりではないのです。(しかし私は高校3の春、初めて木炭で描いた石膏デッサンを先生にみてもらったところ、 “小学生の絵みたいだね”と言われたことがあります。)「造形的に」とか、「絵のねらいをはっきりさせる」とか、「絵づくりをする」「絵画的な美しさ」「光の美しさ」などなど、「わかるような・・・わからないような・・・」と思える言葉が飛び交ってしまうのです。
そう考えると、作中に出てくる佐伯先生や大場先生の指導はなんとわかりやすいことでしょう。自分が今まで「抽象的でよくわからないな」と思っていたことも明瞭に書かれています。美大油画科を目指す受験生はこの漫画を繰り返し読んで、絵作りや構図について頭に叩き込むと良いと思います。
いかがでしょうか。きっとこの漫画は将来に迷っている方や、美大受験を考えている方のお役に立てることと思います。受験生は受験が終わった後に是非ご覧ください。
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