昨夜は「なでしこジャパン」の勝利に心躍った。早いもので隣の国、 中国で開催されたオリンピックから4年が経った。あらためて歳月の流れの速さに感慨一入である。 マスコミは今回のオリンピックで金メダル何個を期待すると言って話題を盛り上げているが、 スポーツ観戦でいつも思うことは勝負の非情さである。 満面の笑みにあふれた勝者と無念さがにじむ敗者のコントラストに最近は目が行く。 国を代表するチームやひいきのチーム、個人が勝つことは嬉しいことだが最近は敗者の表情・姿にふと目が行くようになった。 その原因はおそらくここ数年の自分の経験から人生で学ぶ多くは失敗や敗戦からではないかと思えるからだ。
自分ではやらないがスポーツ観戦(もっぱらテレビ観戦であるが)ではテニスがことのほか好きだ。 先だってのウインブルドンで久しぶりにフェデラーが優勝した。 史上最強のテニス選手といわれた彼もここ数年はグランド・スラムの優勝から遠ざかり、 年齢などから限界説も唱えられていたが見事に復活した。敗戦でうな垂れてコートを去る姿を最近は何度目にしてきたことか 。対戦した勝者を称える彼の言葉やプレー中のマナーなど、真の王者の名に値するだけに敗戦の姿は一層痛々しかった。 おそらく二度と優勝杯を手にすることができないのではないか、などと苦悶したことだろう。 最後は自分を信じてベストを尽くすことだけの心境だったに違いない。
受験においても一見勝者と敗者がある。端的に言えば合格者が勝者で不合格者が敗者である。 しかしそんな単純なものだろうか。一歩譲って合格者は勝者としても、不合格者は敗者であると決めつけることはできない。 不合格者の中にも様々あり、目標を定め真剣に努力した結果は、敗者ではなく勝者であると断言したい。 必ずその努力は血となり肉となりこれからの人生において糧となるはずだ。むしろ合格しても、 簡単に志望校をあきらめ低きに流れた結果では、それは勝者ではない。受験生はこれからが最後の勝負のときだ。 ここからがその人の真骨頂が試される。有限の時間のなかで目標・志に向かってどれだけ頑張れるか。 受験は人間を鍛える一里塚なのである。
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