いわゆる「森友・加計問題」についてワイドショー、新聞、週刊誌などを通して興味深く見てきた。何故なら、私立小学校や大学の獣医学部の新たな設置という教育に関連する事件であり自然と関心を持った。それに最近の政府の「集団的自衛権の容認」や、「特定秘密保護法案」、「共謀罪」など異論が多い中で審議を十分尽くすことなく強行採決したことについて違和感を覚えており、安倍一強といわれた政治状況に変化の兆しを感じていたこともある。また「森友・加計問題」は国の行政のあり方について「忖度」が横行する実態が判明し世間の話題を呼んだ。それにしてもこの問題に関する国会審議をテレビでつぶさに観たが、国会議員や官僚の「記憶にない」、「記録がない」など政府側の都合の悪い事柄について判で押したような答弁が横行したことに辟易したものである。一方の前川文科省前事務次官の証言は対照的に具体的かつ詳細に語られ視聴者から見ればどちらに信憑性があるか誰が見ても一目瞭然であった。その結果が直後に行われた東京都議選の結果に端的に現れている。都民はどちらが隠したり、嘘をついているか敏感に感じ取ったのではあるまいか。
国会議員や地方議会議員の不祥事が相次いでいる。これについてなんと情けないと憤慨することもあるが、イギリスの政治家にこんな言葉があるようだ。それは「政治家のレベルが低いのは、実は国民のレベルが低いのである」。なるほどそのような政治家を選んでいるのは他でもない国民の自身なのだから返す言葉がない。安倍首相は都議選の応援演説で自身を批判する人たちに向かって「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と言って各方面から批判された。国政のトップに立つ者が国民を敵か味方かで二分するもので、寒々しく感じたのは私だけではないはずだ。まさしく天に唾する言動である。菅官房長官はマスコミの質問に対して「全く問題がない」とかばった。「選挙ゆえ首相もちょっと言い過ぎがあったかもしれない」くらいに言って釈明すればまだ良かった。安倍一強といわれた時期が続き感覚が麻痺していたのであろう。国民を甘く見るなと言うためにも、私たち一人ひとりの投票に責任を持たなければならない。
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